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2022/05/26 レース

三菱地所 presents ツアー・オブ・ジャパン 2022 総括

3年ぶりの有観客で行われたツアー・オブ・ジャパン(以下TOJ)は5月22日、東京の大井埠頭で閉幕した。 宇都宮ブリッツェンは個人総合連覇を狙った増田成幸が総合4位でレースを終えたものの、2022年新加入の宮崎泰史が新人賞を獲得して宇都宮にジャージを持ち帰ることができた。 レース後の選手のコメントとともにTOJを振り返りたい。

◾️力勝負で負けた総合4位

昨年は新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で全3ステージに短縮され、無観客で行われたTOJ。今年は国内最大のステージレースとして大阪〜東京間の全8ステージで争う予定だったが、3月に大会縮小が発表され全4ステージとなった。
第1ステージ「信州飯田」は、10%を超える上りがある山岳コースを使った周回レース。初日から富士山を上った昨年のTOJと比べたらまだラクかもしれないが、いきなりの山岳コースは個人の力の差も出やすい。
終盤で先頭集団に残ったのはたった6名の選手。ここに宇都宮ブリッツェンから増田と宮崎が入ったが、チーム右京のオーストラリア選手2名も生き残った。本場ヨーロッパのレースも知るベンジャミン・ダイボール選手とネイサン・アール選手だ。総合優勝を狙うアール選手が先着し、3秒遅れの2位にダイボール選手が入る。31秒遅れで増田が3位になった。
翌日の第2ステージは「富士山」だ。スタートこそ富士スピードウェイだが、後半は最大勾配22%の激坂ふじあざみラインが待ち受ける富士山のヒルクライム。ここでもアール選手、ダイボール選手がワンツーフィニッシュを飾った。昨年富士山を制した増田は粘りの走りを見せたが、アール選手に2分4秒遅れて5位。総合成績も1つ下げ、この時点で総合連覇の可能性はほぼ消滅。そのまま最終日を迎える形となり、増田は総合4位となった。
「望んだ最高の結果は得られなかったが、自分の思うような走りができずに4位に沈んだわけではない。力勝負で負けての総合4位。納得はしている」(増田)
チーム最年長38歳の増田。「僕は伸びしろも限られていて、コンディションを整えて絶好調に合わせるぐらいしかできない」と苦笑い。総合優勝は逃したものの日本選手最高順位でTOJを終え、「どこかでリベンジしたい」と早くも次を見据えていた。

◾️プロフェッショナルの走り

第3ステージの話をする前に、ベテラン阿部嵩之について触れておきたい。阿部は第2ステージでメイン集団の先頭をひたすら牽引した。その距離60km以上。増田がレース後、ツイッターに写真を添えて「逃げ7人vsアベタカ。」と投稿していたが、文字通り一人で集団を引きながら逃げを追い続けた。
この日の阿部の順位は出走70人中の70位。トップのアール選手から遅れること31分43秒。その数字だけを見たらただの最終走者だが、今TOJで最も記憶に残る選手を選べと言われたら「第2ステージの阿部」と答える人も少なくないだろう。レース後にライバルチームの選手が阿部に「ありがとうございます」と言葉をかけたのも頷ける。
慣例で言えば、第2ステージは総合リーダージャージを着るアール選手を擁するチーム右京がメイン集団をコントロールするところ。当初はチーム右京が動いたら、その真後ろを宇都宮ブリッツェンがキープする予定だった。ところが逃げ集団とのタイム差の関係でチーム右京はなかなか前に出ない。そこで動いたのが阿部だ。
「逃げと何分差が開いたらチーム右京が動くかまでは聞いていなかった。早めに前に出たら僕とチームメイトしかいなかった。チーム右京が来るまでは先頭にいたら場所取りもラクだから、ゆるゆる引いておいてと増田に言われた」(阿部)
逃げグループと3分差になったらチーム右京は動く予定だったそうだが、なかなかタイム差は広がらず、結果として阿部がコントロールし続けることになった。増田を守るためにも先頭のポジションは大切だが、阿部は「タイム差を詰める必要もないし、果たしてこれは戦略的に意味があるのか」と思ったそうだ。とは言え、昨年からヒザに痛みを抱えていながら「休めるところは休んで走ってる。手を抜いてでも日々いい仕事をすることが大事」と語る姿は、まさに経験豊富なプロフェッショナルと言えよう。

◾️勝負を分けるタイミングと運

第3ステージ「相模原」は雨に見舞われ、アタック合戦が続く消耗戦となった。その中で宮崎が逃げに乗れたのだが、チェーン落ちに見舞われ離脱。宇都宮ブリッツェンは逃げグループに選手を送り込むことは叶わず、消化試合となってしまった。
チームでスプリンターを担う小野寺玲は、ブログに「一定ペースで走っているせいで身体はすっかり冷え切り、毎周回訪れる上り区間は脚が思うように動かずなかなかキツかった。」と記している。1日のレースで勝者が決まるワンデイレースと異なり、TOJのようなステージレースではとにかく毎日完走しないと明日がない。ずぶ濡れの相模原は、EFエデュケーション・NIPPO デヴェロップメントチームの岡篤志選手がステージ優勝を手にいれた。
最終日、第4ステージ「東京」は大井埠頭周回コースでのド平坦のクリテリウム。宇都宮ブリッツェンは小野寺の爆発力にかけた。レースは予想通りのスプリント勝負にもつれ込んだものの、最終コーナー後に伸びを見せられず小野寺は10位。
「最後までプラン通りにレースを進めて、宮崎も献身的にコントロールに加わってくれた。でもTOJの難しさは最後の1周、その混戦をいかに攻略するか。これまで噛み合わずに悔しい思いをしてきたが、今回も僕が決めきれなかった。タイミングと運も悪かった」(小野寺)
小野寺の前後のラインは常に阿部と増田が同じ動きで守っていたが、残り1kmを切ったところで増田が外れてしまった。その直後に阿部と小野寺が前に押し出される形となり、だがトレインを乗り換えるわけにも行かず、結果スプリントに持ち込めずに不発に終わってしまった。
だが小野寺にとって今回のTOJは苦手意識の克服になった。スプリンター向きではない信州飯田も11位で終えて周囲を驚かせている。4月のJCL真岡芳賀ロードレースで勝利を得たこともあり、それがロードレースでの自信にもつながったそうで来年は活躍の場面も増えることだろう。
「さらにステップアップして増田選手のように勝ちを狙える存在になりたい。そこは自分自身の努力と自分に期待したい」(小野寺)
「惜しいところまでは行くけどあと一歩届かないのがチームの課題と感じた。アシスト一人ひとりがもう少し強ければ(フィニッシュライン手前まで小野寺を)連れて行けた」(増田)

選手の体調不良もあり、今回のTOJはメンバー編成もうまくいっていなかった。万全ではなかった宇都宮ブリッツェンだが課題はわかっている。最終ステージはチーム右京のオランダ人ライダー、レイモンド・クレダー選手がスプリント勝負を制した。

◾️期待のホープ

最後に、初日に獲得した新人賞ジャージを守り抜いた宮崎についてだ。昨年は九州のスパークルおおいたで走っていたが、赤いジャージに憧れて宇都宮ブリッツェンの門を叩いた22歳。春先のレースからアシストとして積極的な走りをしていたが、個人として目標にしていたというTOJで一段と成長を見せた。初めてのTOJで総合9位、日本人選手だけなら総合4位の成績を残した。
「去年がそんなに強くなかった。TOJ前にしっかり休んで、今年一番いい状態になるように調整できた。去年はスプリンターチームだったから(脚質がクライマーの自分は)一緒に練習して高められる相手がいなかった。今年は増田選手など自分の脚質に似た強い選手がいて、小野寺選手や堀選手も自分より強い部分をたくさん持っている。そこでチームメイト間でも競争があって、自分の能力が底上げされたのかもしれない」(宮崎)
強い人の下で学びたい。そんな気持ちが宮崎を動かし、栃木の地を踏ませることになった。「僕がブリッツェンに入っていなかったら、ここまで成長できたかわからない」とあどけなく笑う。また周囲に期待されるようになったことが程よいプレッシャーとなっており、緊張感もある日々を過ごせることが良い方向に転がった。「増田選手ぐらい走れるようになりたい」と偉大な先輩の背中を追って、宮崎はこれからも進むだろう。
「宮崎は伸び盛りでやればやるほど強くなって、経験を積めば積むほどレースもうまくなると思う。ブリッツェンにいる間は成長させたい。宮崎に限らずキャプテンとしてチームの若手を引っ張っていきたい」(増田)
エース増田にとっても頼もしい仲間になったようだ。2022年のTOJは外国勢に歯が立たなかったが、宇都宮ブリッツェンの選手たちは前を向き、これからもレースを戦っていく。
「どこまで行っても満足はない。さらなる成長を見据えてやっていきたい」
増田の言葉は宇都宮ブリッツェンをより高みへと導くものになる。TOJはチーム右京のアール選手が総合優勝した。